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ゲームセットは聞こえない~超能力野球奇譚~ 1回表 浜甲野球部復活!? 1球目 チーターは持久力がない

 パワプロ2024発売に合わせて、あの超能力野球小説がリメイク復活しました。パワプロ2024でも作っていく予定です。

 

プレイボール

 

 灼熱のマウンド上に俺は立っている。

「よっしゃあ、来い!」

 

 相手バッターの腕がググっと長くなった。元の長さの1.5倍ぐらいだろうか。この1死満塁の場面で、特殊能力を発動してきた。

 俺はキャッチャーのサインにうなずき、インコースへストレートを投げる。長い腕が窮屈(きゅうくつ)になって、バットが空を切る。

 

「ストライク!」

 

 2球目も、もちろんインスト。

 

「ストライク、ツー!」

「クソッ! 普通の腕に戻す」

 

 バッターは腕の長さを戻してきたが、ストライク1球しか残されていない。俺は悠々とチェンジアップを投げる。

 

「ああっ!」

 

 バットを速く振りすぎて空振り三振。俺は特殊能力の無い一般人だが、特殊能力者を抑えると超気持ちイイ! 最高!

 これだから、野球はやめられない。

 

 

1回表 チーターは持久力がない

 

 俺は教室の窓から海をながめている。春風が運ぶ潮の香りは、故郷の湘南を思い出させてくれる。やっぱ、海の近くじゃないと落ち着かねぇなぁ。

 

「カァカァカァー!」

 

 ゲッ。カラスの口ばしを生やした男が電柱の上に乗って、電線のカラスと一緒に鳴いてやがる。こんな光景は湘南になかったぞ……。

 

 ここは、兵庫県西宮市の南端になる私立浜甲学園だ。甲子園球場の近所にある高校だが、なぜか野球部がない。それが、俺の進学先の決め手となった。

 

「部活、どこにするぅ?」

「うーん、山科さんがおるバスケかな」

 

 バラエティ番組でよく聞く関西弁が、俺の席の周りで花開いている。部活は何にしようか。ずっと野球一筋だったから、全く思いつかないぞ。

 体育会系なら、サッカーやバスケがいいか。しかし、他者と競うのは、ものすごく疲れるから、もうこりごりだ。ゆるい文化系がいいかも。

 

「あのぉ、水宮君やんね?」

 

 後ろから声をかけられたので振り返る。目がクリッとしたショートボブの女子だ。

 

「そうだけど、君は誰?」

「えっと、あたし、津灯麻里(つとう・まり)です。水宮君に、そのぉ、相談が……」

 

 もじもじしている彼女はかわいい。俺は部活で悩んでいたが、女の子とアオハルするのもアリか。

 って、おいおいおい、冷静に考えてみれば、初対面の男に相談って何なんだよ。しかも、何で俺の名前を知ってるんだ? 入学式終わりで教室に来て、自己紹介タイムがまだなのに。

 固まった謎は、彼女の次の一言で解きほぐされる。

 

「野球部に入って下さーい!」

 

 可愛い女性に部活の勧誘をされる。とても萌えるシチュなのに、全く萌えない。

 

 なぜなら、俺の選択肢にない野球部に誘ってきたからだ。

 

「ハッ? 野球部? 野球部はないはずじゃ……」

「あたしが作ったの」

 

 彼女は胸を張って答える。

 

「悪いけど、俺は野球部に入らないよ」

 

 俺はそっけなく答えて、自分の席に戻ろうとする。だが、彼女が俺の左腕をつかんで離さない。

 

「待って。もったいないやん。小学生で全国大会出て、中学生で神奈川県ベスト4まで進んだピッチャーやのに、どうして野球部入らんの?」

「野球は中学までで終わりにしたんだ。無能者の俺なんかより、ああいう特能者を誘えよ!」

 

 俺はドラミングしてるゴリラ化男子をあごで差す。

 

「ううん。水宮君じゃないと、絶対アカン」

「何で、そこまで俺にこだわるんだよ」

「水宮君は気づいていないだけで、とても凄い才能があるんよ! それを出さずに終わるなんて、もったいないて」

 

 オヤジが彼女と似たようなこと言ってたっけ。努力を続ける才能があれば、特殊能力者を越える名選手になれるって。そんなのは夢物語だ。

 

「俺が、君の思う凄いピッチャーだとしよう。だが、どんな凄いピッチャーでも、そこそこ守れる8人の選手がいなきゃ、勝てないんだ。ここ20年野球部がない浜甲に、そんな奴がいるか? いないだろう」

「いい選手は、あたしが見つけるから! 8人そろえたら入ってくれる?」

「早くしないと、みんな何かしらの部活に入るぞ」

「じゃあ、1週間! 1週間で8人ね」

 

 彼女は人差し指をピンと立てて食い下がる。1日1人強だと、条件を満たすかもしれない。それならば――。

 

「いや、明後日の1時限目までに8人だ。それ以上は待たねぇ」

 

 実質2日で8人。元々は野球部がない浜甲に、わざわざ出来たてほやほやの野球部に入る奴なんていやしない。

 厳しい条件を出されても、彼女は桜満開の笑顔を見せる。

 

「ありがとう! 水宮君ゲットしたいから、あと8人頑張るね」

「うーん、頑張らなくてもいいんだけど……」

 

 部員獲得でサウナばりに燃える彼女と対照的に、俺の心はドライアイス級に冷え切っている。

 

***

 

 ホームルーム終了後、津灯は俺の手を引っ張って、どこかへ連れていく。

 

「おいおいおい! 俺はまだ野球部員じゃねぇぞ」

「ごめんね、水宮君。私1人で勧誘するの怖いから、隣にいてほしいと思って」

 

 意外にも彼女の握力は強く、一度も止まることが出来ない。階段を下りて、下駄箱の所に来てしまった。

 

「記念すべき1人目は、足が速い子がええよね。俊足の1番打者で、相手ピッチャーを困らせる。これ鉄板!」

「そんな奴、どこから手に入れる気だ?」

「もちろん、陸上部から!」

 

 彼女はグラウンドのトラックで練習している陸上部員を指差す。

 

***

 

 彼女はストレッチ中の陸上部員に声をかける。

 

「この陸上部で一番速い人って、誰か知っとる?」

 

 その陸上部員は黒いネコ耳をピンと立てて、ヒゲをいじりながら答える。

 

「そりゃおめぇ千井田(ちいだ)先輩に決まってるで。千井田先輩は去年の国体の100メートルで2位や。調子ええ時は男子より速いからな。次のオリンピックに出られる逸材って、ウワサされとるで」

 

 聞いていないことまでベラベラしゃべる。しかも、お笑い芸人ばりの早口だ。

 

「ありがとう。その千井田先輩はどこ?」

「あそこでバランスボール乗っとるよ。入部希望かいな?」

「ううん。千井田先輩を野球部に勧誘しに来たの」

 

 近くにいた数人が「何ぃ!?」と、眉間にしわを寄せて叫ぶ。津灯は臆することなく、つかつかと千井田さんの所へ歩く。

 

「千井田さん、100メートル走してみませんか? あたしが勝ったら千井田さんは野球部、千井田さんが勝ったらあたしが陸上部ってことで」

 

 千井田さんはひざの血をなめてから、津灯をにらみつける。その眼光はサバンナでも通用しそうなほど鋭い。モデルのようにスラリとした足に、カッターナイフみたいに尖ったネイル、女番長といった雰囲気だ。

 

「ええやん、ええやん。そういう無謀な勝負しかけてくる子、嫌いちゃうよ。先に言うとくけど、あたいは常に全力やから、あんたに勝ち目ないよ。野球部復活は今年もムリや。取り消したいんなら、今やで」

 

 この方もよくしゃべるし、早口だ。もしかして、陸上部員はマシンガントークが得意なのか?

 

「取り消しません。絶対にあたしが勝つから」

 

 彼女はVサインをかかげて、陸上部員の怒りを沸騰させた。

 

 100メートル勝負にあたって、津灯は体操服に着替えに行く。彼女を待つ間、俺は陸上部員の冷たい視線にさらされる。

 

「あんた、さっきの女の彼氏か?」

 

 千井田さんがスパイクの手入れをしながら聞いてくる。相変わらず、目が殺し屋(ヒットマン)みたいで怖い。

 

「いいえ。ムリヤリ付き合わされてるだけです」

「せやんな。あたいを見てもビビらんから、めっちゃ根性すわっとるやん。あっ、ハチ」

 

 千井田さんはミツバチを両手で捕まえる。ミツバチを見つけてから、両手で重ね合わせるまで、あっと言う間も無かったと思う。恐るべき動体視力と行動力だ。

 

「お待たせしましたー」

 

 津灯がのほほんとした顔で帰って来る。すると、何かにつまずいて千井田さんの前に倒れる。ドジっ子か! 陸上部員の冷たい視線を気にすることなく、照れて舌を出している。俺は彼女にあきれ顔を見せて耳打ちする。

 

「もし君が千井田先輩に負けたら、野球部自体が無くなるぞ。ホントにそれでいいのか?」

「大丈夫、大丈夫、あたしに任せといて」

 

 彼女は平気の平左で、俺の忠告を軽く受け流す。こちらとしては、彼女が負けてくれた方がありがたいので、もう何も言わねぇ。

 

「ヨシ、位置について」

 

 合図を出すのはネコ耳君だ。津灯は立ったまま、千井田さんは本番差ながらのクラウチングスタートで並ぶ。それにしても、清楚系とヤンキー系という対照的な2人だ。

 

「よーい、ドン!」

 

 両者ほぼ互角のスタート。だが、数秒経てば、千井田さんが頭一つ飛び出る。

 

「さすが全国ランナー! 格が違う、速い、カッコいい!」

 

 ネコ耳君がつばを飛ばして実況する。千井田さんは犬歯を出して、余裕の笑みを見せる。

 だが、半分過ぎたところで、千井田さんが失速する。津灯が追いついてきた。

 

「ミャウ!」

 

 千井田さんの全身に動物の毛が生えて、トラ猫のような姿になった。スパイクのつま先から爪が飛び出す。彼女の足が再び加速する。津灯は粘る。一体、どっちが勝つんだ!?

 

「ゴール!」

 

 ほぼ同時にゴールイン。結果は、まさかの写真判定になった。スマホで一部始終を動画撮影していた部員が、ゴール直前で止める。

 

「ああっ!」

「そんなぁ……」

 

 何と、津灯の足が、千井田さんの足より先にゴールラインを割っていた。千井田さんの敗北、野球部入り決定だ……。

 

「久しぶりにチーター化してまで走ったのに、ううう」

 

 彼女は黒い鼻をヒクヒクさせて、目の下のアイラインに沿って涙を流す。さっきまでの殺気立った感じが消えて、愛玩動物のようになっていた。

 

「さっき、ユアムーブで去年の先輩のレースを見ましたよ。前半はトップなのに、後半で失速してましたね。はっきり言わせてもらうと、100メートル走でトップ選手なるんはムリです」

 

 津灯が追い打ちをかけるように言う。千井田さんはうつむいて何も言い返さない。

 

「でも、野球は打席から一塁まで30メートル以下、千井田先輩の俊足ぶりが発揮できます! その足で、メジャーの盗塁王にだってなれます!」

「メジャーって、アメリカの?」

「はい! 美味しいお肉がたくさん食べられますよ!」

 

 千井田さんは尻尾を立てて、津灯の顔をじっと見る。津灯の無邪気な笑顔は、チーターを飼いならすのに充分だった。

 

「そんなら、あたい野球部入るやん。よろしくな、えっーと」

「津灯麻里です。これからもよろしくお願いいたします、千井田先輩!」

 

 俺は「マジか……」と天を仰ぐ。

 

 陸上部員はキツネにつままれた顔で、2人のやり取りを見ていた。ただ1人、ネコ耳君だけが涙をぬぐい、鼻水をすすって拍手している。感動要素あったっけ?

 

「なーんか、いつもより足が重かったやん」

 

 彼女がスパイクを脱げば、津灯がさっと駆け寄る。

 

「あたしがスパイク磨いときます! 獣化の全力疾走でお疲れでしょうから」

「そう? 助かるやん、ありがとう」

 

 津灯がスパイクの中に手を入れ、さっと何か取った。一瞬だったが、何か銀色に光った気がする。もしかして、千井田さんのスパイクに鉄製の中敷きでも忍ばせたのだろうか? それで、いつもよりタイムが落ちてしまったのか? 

 

 野球部復活のために手段を惜しまない津灯麻里。こいつ、本当に2日で8人集めてくるかもしれない……。

(水宮入部まであと7人)

 

注:この世界では、女性のプロ野球選手やメジャーリーガーが誕生している設定です。女性の高校野球参加も許可されています。

 

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