前回のお話し↓
ゲームセットは聞こえない~超能力野球奇譚~ 1回表 浜甲野球部復活!? 5球目 君はロックを聴かない - タカショーの雑多な部屋
<前回までのあらすじ>
津灯麻里(つとう・まり)は浜甲学園野球部を復活させるため、好投手だった水宮塁(みずみや・るい)を勧誘する。しかし、彼は2日で8人集めないと入部しないと言う。津灯はチーター娘・千井田純子(ちいだ・じゅんこ)に100m走、IQ156の天才・東代郁人(とうだい・いくと)にチェス、バスケットボールのスター選手・山科時久(やましな・ときひさ)にフリースロー対決で勝利、改善組の番馬長兵衛(ばんば・ちょうべえ)とロックンローラーのデヴィッド真池(まいけ)も説得し、5人を入部させた。これで、水宮入部まであと3人だ!
<本編>
柔道着の男は左腕をブルンブルン回して、やる気満々だ。俺より背が高くて筋肉質だから、いいボールを投げそうだ。
「ワイは2年C組の取塚礼央(とりつか・れお)や。よろしくな」
彼は俺や津灯をはじめ、順番に握手していく。あの番馬にもひるまず握手、腕相撲になっても互角だ。彼はドラマにいそうな脇役顔なのに、中々のやり手、とんでもない大物だ。
「取塚さんは左ピッチャーなんですね。ちょっと、あたしに向かって投げてもらえますか?」
「ええで。ワイは手加減せんから、気ぃつけぇや」
取塚さんは大きく振りかぶり、足をゆったりと上げるモーションから、テイクバックに入った瞬間にクイックモーションになって投げる。
ボールは津灯のミットにうなるように入る。俺や津灯より速い。これは本物のピッチャーだ。
「すっ、すごい。水宮君と取塚さんの2人がいれば、甲子園行けるわ」
「こんなピッチャーが、どうして柔道部に?」
「野球部立ちあげたら良かったのに」
「おとなしい奴やと思っとったのに、意外とやるやん」
皆から褒められた取塚さんは頬を紅くして、首筋をポリポリかいている。すると、急に頭をかかえてうずくまる。心配して駆け寄ってみれば、手で払いのけられる。
「あっ、あっち行け! この悪霊め!」
「悪霊? 何言ってるんですか、先輩?」
取塚さんの鼻の穴から、白い煙が出てくる。それは徐々に人型になり、坊主頭で太眉の野球少年の姿になる。
「このワイを悪霊やとぉ? ワイはただ、甲子園行きとうて、色んな奴に憑いとるだけや」
「け、煙がしゃべったあ!」
「煙やない! 幽霊や、ユーレイ! あと一歩で甲子園行けるってトコで死んだから、成仏できへんのや」
自称・幽霊は青筋を立てて起こる。皆は怖がって後ずさりしているが、東代だけは興味津々で、頭からヒザまで隈なく観察中だ。
「アハーン。これは人のメモリーの残り香、アザーワード、“残留思念(ざんりゅうしねん)”ですね」
「はっ? 巌流真剣(がんりゅうしんけん)? まぁええわ。皆さん、ワイの悲しい過去を聞いてくれや」
幽霊は目をしぼませて語り始める。
***
30年前の浜甲学園野球部は、夕川黎(ゆうかわ・れい)投手の活躍によって、県大会決勝まで進んだ。夕川投手の速球と落差の大きいスローカーブ(ななめに変化)は、強豪校の強打者を抑えまくっていた。
決勝戦の朝、夕川はいつも通り10キロランニングに出る。自分が甲子園に手が届く位置まで来たので、かなり興奮していた。気合いのハチマキをつけて、頬をバシバシ叩く。
「今日も頑張るぞー」
彼は自宅から浜甲までの間を5往復する。道ゆく人が頑張ってな、応援しとると、声をかけてくれる。彼は明るく手を振って、走りを加速させる。
交差点にさしかかった時、三輪車の子どもにトラックが突っ込むのが見えた。彼は「危ない!」と叫んで、子どもを歩道へ突き飛ばす。子どもは助かったが、彼の体は3メートル先の電柱に衝突して帰らぬ人となった。
夕川なき浜甲学園は良徳学園に3―15の大敗で、甲子園出場を逃した。それ以降の浜甲は、初戦突破できるかできないかの弱小校に成り下がる。
20年前に野球部員の飲酒や喫煙、集団いじめが発覚して廃部に。その後、野球部を復活させようとする者が何度か現れたが、部員が集まらなかったり、ケガ人が続出したりして失敗している。
***
「というワケで、ワイは野球部を復活させようと、色んな奴に憑いて頑張ってきたんや」
腕を組んだ幽霊の夕川さんが目を閉じて、うんうんうなずく。憑かれた取塚さんは額にしわを刻んで、明らかに嫌がっている。
「夕川さんほどの熱意があったら、もっと前に野球部は復活してたのに」
「ワイの灼熱の精神があっても、何か上手くいかんくてなぁ」
「20年前に野球部が廃部になった後、理事長が野球部復活を夢見て、新しい野球グラウンドを作った。だが、その場所は立地が悪かった」
どこからともなく、高い少年の声が聞こえてきた。グラウンドの出入り口を見ると、黒いカラスの口ばしが生えた怪しい男が数珠と水晶玉を持って、歩み寄ってくる。
「何故なら、この場所は、戦時中に多くの命が失われた病院跡地やった。野球部の復活が上手くいかないのは、彼らの呪いなんや。さぁ、迷える霊よ、姿を現せぇ!」
カラス男が水晶玉から光を放つと、おぞましい姿の幽霊たちが出現した。千井田さんがチーター化、番馬さんが赤鬼化して戦ったが、物理攻撃が一切効かない。
「僕の誘惑の瞳なら、女性の幽霊を落とせるはず! ねぇ、君、おとなしく成仏しないか?」
山科さんは女性の優麗に星が出るウインクをしたが、瞬く間に他の優麗に囲まれて精気を吸われてしまった。うわぁ……、かなりヤバいぞ、これ……。
取塚さんと山科ファンクラブの方々はベンチの中に隠れる。東代はピッチャー太郎01をドライバーでいじっているが、絶対に間に合わない。
「デヴィッドのハードロックなデスヴォイスでヘル(地獄)へ送ってあげよう! ヴォ―!」
真池がかわき切った声を上げるも、たちまち精気を吸われて、体自体がカラッカラになってしまった……。合掌。
「早く! 俺っちの後ろに隠れて!」
俺達は慌ててカラス男の後ろへ走る。カラス男は何かの印を結ぶと、手が黒い翼に変わり、全身に羽毛が生えて、正真正銘の烏人間になった。
「近所のカラスに聞いといて良かったわ。この高校の悪霊は、この地の神の力を借りる。んんん!」
カラス男が念じると、水晶玉がタイになり、数珠が釣り竿に変わった。彼は笑顔を見せてあぐらをかく。
「まぁ、みんな。宴会でもしようや」
カラス男の声は低いおっさん声になっている。幽霊たちの前に酒や魚料理が並び、それを飲み食いし始めた。
「ど、どうなってんの?」
「パハップス(多分)、この地のエビス神(※恵比寿神は商売繁盛や漁業の神様として知られる。福男選びの徒競走で知られる西宮神社でまつられている)のパワーを利用しているんでしょう」
幽霊に加えて、神様まで出てきた。何かとんでもないことになってきたな、妖怪大戦争か? 幽霊は腹が満たされたのか、次々と透明になって成仏していく。
「凄い! 生の除霊シーン、始めて見た!」
津灯は大興奮して、スマホで録画し始める。全ての幽霊が消えると、カラス男は元の口ばしスタイルに戻り、ヒザから落ちる。
「うう……。さすがに、土地神の力借りるんはキツいわ……」
「除霊ありがとう!」
津灯がカラス男に笑顔を見せると、男は頬を染めて口ばしが開けっ放しになった。
「あ、あの、俺っち、俺も、野球部に入ってもええですか?」
急に凛々しい表情になり、低いイケボで喋り始める。わかりやすぎだろ、こいつ……。
「野球部に入ってくれるん? ありがとう! 名前を教えてくれる?」
「俺は1年A組の烏丸天飛(からすま・てんと)、妖怪や悪霊退治を行っている、しがない霊能力者であります」
「あたしは津灯麻里。敬語じゃなくてタメでいいよ」
烏丸も入部してしまった。よく見たら、始業式の日に電線で鳴いていたカラス男だわ。
「烏丸君、こいつを成仏させてほしいんやけど」
「何ぃ!? ワイは悪霊やないし、甲子園行くまでは絶対に成仏せぇへんぞ!」
取塚さんと幽霊がいがみ合っている。
「悪い妖気はないから、ムリに除霊できへんなぁ」
「野球部入って、甲子園行きましょうよ」
取塚さんは口をへの字にして入部を決意する。彼は氷のように冷え切った目で夕川さんを見る。
「甲子園出たら成仏しろよ」
「わかっとる。ワイの左腕で、野球部を甲子園連れてったるで」
幽霊は取塚さんの体の中に入って、左腕を扇風機みたいに回す。ついに8人目だ、ヤバイよヤバいよ。
山科さんと真池が治療のために保健室へ行き、山科ファンクラブの3人もついて行く。番馬さんは改善組の働きぶりを見るため、東代は幽霊騒動で壊れたピッチャー太郎を修理するため、グラウンドを去った。これで、グラウンド再整備のメンバーが減った。
こうして、俺達は日が暮れるまで、荒れたグラウンドの整備を行った。当然、部員の勧誘は出来ない。俺は、野球部入部の波から逃げられそうだ。
(水宮入部まであと1人)
次の話↓
ゲームセットは聞こえない~超能力野球奇譚~ 1回表 浜甲野球部復活!? 7球目 野球は9人いないと始まらない - タカショーの雑多な部屋