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ゲームセットは聞こえない~超能力野球奇譚~ 1回表 浜甲野球部復活!? 3球目 ブザービーターが見られない

前回のお話し↓

ゲームセットは聞こえない~超能力野球奇譚~ 1回表 浜甲野球部復活!? 2球目 IQ156は半端じゃない - タカショーの雑多な部屋

 

<前回までのあらすじ>

 津灯麻里(つとう・まり)は浜甲学園野球部を復活させるため、好投手だった水宮塁(みずみや・るい)を勧誘する。しかし、彼は2日で8人集めないと入部しないと言う。津灯はチーター娘・千井田純子(ちいだ・じゅんこ)に100m走、IQ156の天才・東代郁人(とうだい・いくと)にチェスで勝利し、2人を入部させた。これで、水宮入部まであと6人だ!

 

<本編>

 3人目の入部者・東代はパソ研に戻ったので、俺ら3人は体育館へ向かう。

 

「あっ、千井田さんが久しぶりにチーターになっとる」

「かわいー!」

 

 チーター顔の千井田さんは、廊下ですれ違う人に声をかけられて人気者(アニマル?)だ。中には彼女のあご下を触ってくる女子がいた。

 

「ああー、毛の触り心地イイー、尊い!」

「ゴロゴロ。あたい、もうチーターでええやん……」

「何か猫みたいだな……」

 

 俺がボソッとつぶやくと、千井田さんが歯ぐきむき出しで、威嚇(いかく)の表情を見せてきた。

 

「誰が飼いならされた猫や!?

「そこまで言ってないけど、ごめんなさい。チーターはサバンナの猛獣です」

 

 千井田さんににらまれた俺を見て、津灯は微笑んでいる。あれ、そう言えば、次は誰を勧誘しに行くんだ?

 

「お次は誰をゲットするつもりだ?」

「今度は野球経験のあるスターを獲りに行くよ」

「ひょっとして、バスケ部の山科先輩と違うん?」

「あったりー。千井田さんは山科先輩としゃべったことあります?」

 

 急に千井田さんは足を止めて、目覚まし時計みたいに激しく震え始める。歯をカタカタ鳴らして顔が青い。

 

「うわー、思い出すだけで寒気するやん。人のことを子猫ちゃん呼ばわりして、無駄にキラキラ光って、カー、気持ち悪ぅ!」

 

 何となく、少女漫画のイケメンキャラが思い浮かんだ。

 

***

 

 体育館の扉を開けば、男子バスケ部員が声を上げて練習している。ボールを受け取れば、数人の敵をかわして、ダンクシュートを決めた部員がいる。その部員の顔は、男性ダンスボーカルグループにいそうな爽やかな顔立ちだ。さらに、他の部員より頭一つ出た長身で、細マッチョという恵体ぶり。俺に5㎝ぐらい身長を分けてほしい。

 

 彼は出入り口の俺たちに気づくと、さっきの練習より猛ダッシュで近寄って来る。瞳をハートの形にして、千井田さんと津灯を見る。

 

「おっ! この前の子猫ちゃんじゃないかぁ! 友達のうさちゃんも連れて来たんやね」

「うっ! 何で、あたいと分かったんやん。チーターになった姿、あんたに見せてへんのに……」

「女性の仕草と香りを覚えていれば、誰か分かるよ。ついに、僕のファンクラブに入る気になったんやね?」

「誰が入るかぁ!」

 

 千井田さんの引っかき攻撃が炸裂! チーター爪で顔が血まみれになっても、イケメン特有のキラキラを保ち続ける。この人、強すぎる……。ウサちゃんと呼ばれた津灯は落ち着き払って、いつものように勧誘する。

 

「あのぉ、山科先輩! 再び野球やりませんか?」

 

 山科さんはムスッとした顔で首を横に振る。

 

「やだね。一昨年の4月ならともかく、全日本の合宿に呼ばれた僕がバスケ辞めて、野球やるなんてありえへん。そんなことやったら、僕のファンが悲しんじゃうよ」

 

 山科さんがあごでしゃくった先に、チアリーディング姿の女子3人がいる。彼女達のユニフォームの胸には、時久LOVEと赤い刺しゅうがほどこされている。

 

「逆に、君がバスケ部においでや。僕と一緒に全国行こ?」

「ごめんなさい。あたしは野球一筋なんで」

 

 山科さんの甘い誘惑をはねのける。彼はうすら笑いを浮かべながら、バスケのボールを人差し指で回し始める。

 

「ならば、僕の野球部入りか、君の山科ファンクラブ入りを決める勝負をしよう。フリースロー対決、先に外したら負けってのはどうかな?」

 

 津灯は「いいですよ」と、山科さんのボールを奪い取る。山科さんの瞳は炎の模様になり、津灯の目と火花をバチバチにかわす。

 

***

 

 バスケ部の練習終了後、津灯と山科さんのフリースロー対決の火ぶたが切って落とされた。実況は俺、解説は山科ファンクラブ3名でお送りする。なお、千井田さんは山科アレルギーによる体調不良のため、先に帰ってしまった。

 

「延手(のぶて)先輩、山科先輩はフリースロー得意なんですか?」

 

 ひょろ長の延手さんはペンライトを振りながら答えてくれる。

 

「得意中の得意よ。どこから投げても入れるから、まさにカッコ良さの化身やわ」

「野球で外野を守っておられたから、肩に自信があるわね」

 

 ティッシュのように白い肌の雪下(ゆきした)さんがボソッとつぶやく。

 

「あの程度のフリースローやったら、永遠に入れ続けるって。あの子、津灯さんだっけ? 津灯さんは山科ファンクラブの一員になったも同然よ」

 

 アンパン顔の千針(せんばり)さんは手帳を開くと、英語の筆記体に似た達筆で何かを書く。“津”や“研”、“訓”などが読めたので、ファンクラブ新メンバーの特訓だろうか。

 

「先に入れてもいいですかぁ?」

「どうぞ、どうぞ。レディファーストやからね」

 

 ペイントエリアギリギリに彼女は立ち、ソフトボールを上から投げる要領で、バスケのボールを放った。見事にそのボールはゴールネットに入る。

 

「ナイススロー! じゃ、今度は僕が」

 

 山科さんは津灯にアイドル並みのフラッシュウインクを送る。彼はボールを高々と持ち上げて、軽くジャンプして投げる。これもゴールネット内に入った。

 

「2人とも落ち着いてるなぁ」

「山科君なら当然やって。あの人は数々のプレッシャーに勝ってきたんやから。30回ぐらいで決着つくって」

 

 千針さんが鼻息荒く力説する。俺も津灯が負けて、野球部勧誘タイムが終わればいいと思っていた。

 

 しかし、千針さんや俺の思惑と裏腹に、フリースロー対決は100回越えのロングバトルになったのだ。

 

***

 

 津灯と山科さんのフリースロー対決は、1時間越えの大熱戦になった。ここで、山科さんは3回目の休憩を取る。

 

「あと10回にしよう。体育館が使用できるのが7時半までやからね」

 

 彼はスポーツドリンクを飲みながら、ファンクラブに歩み寄る。彼は千針さんにそっと耳打ちする。

 

「ということやから、よろしくねー」

 

 千針さんは黙ってうなずき、手帳に走り書きしてちぎり、他の2人にこそこそ渡した。きっと、セコイ手を使うつもりだろう。

 

「じゃ、いきますねー」

 

 津灯がボールを構えると、延手さんが両手をロープ状に伸ばす。その伸びた手が、津灯の腰をこちょこちょする。

 

 津灯は笑顔を浮かべてボールを投げる。こしょばい妨害に屈せず、またもゴールネットに入った。

 

 延手さんの次は、雪下さんが妨害者になった。彼女は口から冷気を出して、津灯の背中に氷のリンクを作る。しかし、津灯は足が震えても、ボールを投げる手は今までどおりだ。津灯の投げたボールは、磁石で引き寄せられたように、まっすぐ入っていく。

 

「まったく、あんたら頼りないったら、ありゃしないって! あたしが手本見せたるって!」

 

 千針さんは拳をポキポキ鳴らして、津灯の後方30メートルの位置につく。津灯が投球モーションに入るやいなや、闘牛のごとく突進する。その間に、彼女の顔中に無数の針が浮き出た。

 

「どりゃあああああああ!」

 

 千針さんのあまたの針が津灯の背中に刺さっていく。津灯は顔をゆがて体が傾いたが、右手だけはこれまでと寸分たがわぬ動作で、ボールを投げる。またもやフリースローを外さなかった。

 

「なっ、何なん、あいつ、僕の誘惑の瞳をかわし、ファンクラブの猛攻に耐えきるなんて……。人間じゃない、宇宙人か何かだ」

 

 山科さんの顔は真っ青で、ボールを持つ手が小刻みに震えている。あっ、これは、ダメな感じがする……。

 

「あたしは人間ですよ。選択肢が野球しかなかった、ただの野球どアホウです」

「選択肢か……」

 

 山科先輩に何か思うところがあるようだ。彼は深く息を吸ってから、ボールを構えた。が、次の瞬間、とんでもないことが起こる。

 

 ゴールポストの下に、四足歩行のチーターが2頭も現れた。2頭のチーターは山科さんがボールを放す直前、口をガッと開いた。

 

「「ガオオオ!」」

「ひっ、ひぃ!」

 

 山科さんの動揺はボールに伝わり、ゴールネットのリングにぶち当たって入らなかった。

 

「こ、これって、まさか……」

「山科さんの敗北やね」

「そんなんありえへんって」

 

 山科ファンクラブの女子は一斉に口を開く。延手さんは伸びた手をだらんと後ろへ置き、雪下さんは頭を抱え、千針さんは近くのボールに針を刺して八つ当たりしている。俺はあまりにもしょうもない幕切れに、心のこもっていない笑い声を出している。

 

「千井田さん、ありがと!」

「津灯ちゃんも中々やるやん。あんたの集中力は世界一やん!」

「何なん、これ……」

 

 千井田さんより一回り小さいチーター君が首を傾げている。

 

「渡(わたる)、協力ありがとやん」

「もう! 姉ちゃんの頼みちゃうかったら、人前で全裸のチーターになるなんてゼッタイ嫌やからな!」

「後で、たこ焼き買(こ)うたるから」

「10個ぐらい買ってやぁ」

 

 家に帰ったはずの千井田さんが四つ足のチーターになって、弟を連れて戻ってくるなんて、こんなん予想できるかよ……。

 

「やっぱ、俺はまだまだやな……。あの時と一緒や……」

「あの時?」

 

 山科さんの昔話が始まった。

 

***

 

 山科さんは幼少期から野球とバスケ両方で活躍するスーパースターだった。野球では強肩強打のセンターとして活躍し、小5の時に全国大会に出場。バスケでは3ポイントシュートの名手として活躍し、小6の時に全国大会に出場。中学では、彼のために野球とバスケの試合日程が調整されるほどだった。

 

 しかし、高校の部活では二刀流が厳しい。彼は野球で赤穂士学館のセレクション(入学前の試験)を受けることになった。走塁テストと守備テストに合格し、ラストにピッチャーとの実戦形式の対決になった。

 

「そらがしからヒットを打てば合格で候」

 

 ちょんまげ姿のピッチャー・大石蔵臣(おおいし・くらおみ)がマウンドに登る。後にドラフト指名を受けるピッチャーとあって、150キロを超えるストレートを投げてきた。

 

 1球目はバットを振るも、振り遅れる。

 

「ストライク!」

 

 2球目は少し速くバットを振ったが――。

 

「くっ、あああ!」

「ファール!」

 

 真後ろのファールになり、早くも追い込まれた。ボールの重さが手に伝わり、ビリビリと痛んでバットを強く握れない。このまま三振で終わってしまうのか?

 

だが、大石投手はコントロールを乱し、3球連続でボール球となる。フルカウントになったところで、山科は大石に尋ねた。

 

「あのぉ、四球だったら合格ですか?」

「無論、そちの勝ちで候」

 

 山科は大石の重い球を打つのは難しいと考え、次の投球がボール球になることを望んだ。

 

 6球目。大石のストレートが自分の体に当たりそうになる。これはボールか、いや、よけないと、自分の体が危ない。彼がのけぞれば、ボールが途中で曲がった。ストレートとほぼ同じ速さで曲がる高速スライダーだった。

 

「ストラック! バッターアウト!」

 

 インコースギリギリに入る見事なスライダーだった。山科は赤穂士学館のセレクションに不合格になってしまった。

 

「フォアボールになるかもしれんという淡い期待にすがるとは、誠に愚かで候。もしバットを振っていれば、合格だったと言うのに……」

「えっ、そうなんですか?」

「やはり、野球とバスケの狭間で悩めし中途半端な男には、野球道を究めしそれがしのボールは、荷が重すぎたで候」

 

 大石にハッキリと中途半端と言われたことで、山科の気持ちはバスケに傾いた。

 

 その後、山科は浜甲学園のバスケ部に入部し、1年秋からレギュラーをつかんだ。2年夏は県大会決勝で敗退したが、対戦した良徳(りょうとく)学園の監督の推薦で、全日本代表の合宿に参加できた。

 

 順調に未来のバスケのスター選手の道を歩んできたが、フリースロー対決で津灯に敗北し、再び野球に戻ることになってしまった……。

 

***

 

 昔話を語り終わった山科さんは床にヒザをついて、瞳が消えて白目になった。体も真っ白になったように見える。

 

「ほんじゃ、明日から野球場来てやん、山科先輩!」

「や、約束は守るよ……」

 

 意気消沈の山科さんは池のコイのように口をパクパクしている。

 

「えっと、今日は、水宮君、千井田さん、東代君、山科さんの4人ゲットで、あと5人か。明日も頑張ろ!」

「あたいも協力するやん。超豪華メンバー集めたろ」

「水宮君、明日もよろしくね」

「えっ? ああ、うん、ガンバロ」

 

 俺はものすごく石像になりたい気分だ。高校では野球をしないと決めていたのに、津灯やチーター娘やイングリッシュマンによって、野球部に飲み込まれそうだ。

 

 明日は山科ファンクラブを見習って、俺も妨害行為をしよう。1人で頑張ってる母さんのために、絶対に野球部入部を阻止してみせる! 絶対にだ!

(水宮入部まであと5人)

 

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