前回のお話し↓
ゲームセットは聞こえない~超能力野球奇譚~ 1回表 浜甲野球部復活!? 3球目 ブザービーターが見られない - タカショーの雑多な部屋
<前回までのあらすじ>
津灯麻里(つとう・まり)は浜甲学園野球部を復活させるため、好投手だった水宮塁(みずみや・るい)を勧誘する。しかし、彼は2日で8人集めないと入部しないと言う。津灯はチーター娘・千井田純子(ちいだ・じゅんこ)に100m走、IQ156の天才・東代郁人(とうだい・いくと)にチェス、バスケットボールのスター選手・山科時久(やましな・ときひさ)にフリースロー対決で勝利し、3人を入部させた。これで、水宮入部まであと5人だ!
<本編>
今日は、高校生活や部活について、色んな説明を聞いた。クラスメイトは新しい生活に顔を輝かせているが、俺だけはどんよりくもり顔だ。今日も野球部員集めに付き合わされる。とてもユーウツだ。
終礼が終わり、荷物をまとめていると、千井田さんが教室に入ってきた。俺の机に千円札をバーンと激しく置いて言う。
「水宮! あたいら弁当買うの忘れとったやん。悪いけど、食堂で買うてきてくれへん? お釣りはもろうていいから」
まだ野球部員じゃない俺がパシリをするのは、かなり不当な扱いだ。とは言え、千井田さんを怒らせると怖いから、素直に引き受けよう。
「いいですよ。ところで、千井田さんは昨日、夜更かししましたか?
彼女の目の下には隈が出来ている。顔も少したるんでいてお疲れモードだ。
「せやねん。昨日、録りだめしたドラマ見てたら、深夜3時ぐらいまで起きとったやん」
「あー、そうなんですか。体調に気を付けて下さいよ」
「うん。ほな、また後でやん」
彼女が鼻歌を歌いながら去っていく。去年は下級生に色々とお願いできたが、今は上級生のお願いに応えなければならない立場の逆転。
こればっかりは、どの部活に入っても同じだから、一息吐いてから食堂へ向かう。
***
食堂はたくさんの生徒でごった返している。俺は2人の女性を気づかい、ヘルシー弁当の列に並んだ。
「コラ―、水宮! この割引券使えへんやん! めっちゃ恥かいたやん」
般若顔のチーターが牙をむき出して走ってくる。
「割引券て、一体何のことですか?」
「とぼけんな! さっき、あたいのクラスに来て、食堂の新学期キャンペーンの割引券あげます言うたやん」
「えっ? 千井田さんがこっちに来たんですよ?:
話が食い違って平行線だ。ドッペルゲンガーでも出ないかぎり、今日の俺は千井田さんに会いに行ってない。
「ホワット? 2人ともミス・ツトーはどうしたんですか?」
フランクフルトを持った東代が、俺達の話に割って入る。
「津灯ちゃん? 今日は1回も見かけてへんけど」
「それはストレンジ。私は、お2人がミス・ツトーと一緒にゲートから出たのをルッキングしました」
***
三者三様に意見が食い違っている。俺の脳みそは火山爆発を起こしそうだ。
俺達は食堂を出て、中庭のベンチに腰かけて話を整理した。
「俺は“千井田さん”に金を渡されて、千井田さんは“俺”に割引券をもらい、東代は津灯と“俺たち”が正門から出るのを目撃したってことだよな」
「この学校にあたいに似た“あたい”がいるってこと? こわっ!」
「ドントウォーリー。パハップス(多分)、誰かが2人にトランスフォーム(変身)して、バッドなことをスタートしています」
他人に化ける超能力者は結構いるが、声色を真似られる人は限られてくる。犯人は絞り込めそうだ。
「千井田さんが見た“俺”は、どんな顔だった?」
「うーん、ちょっと細くて、目がつりがちやったと思う。“あたい”の方は?」
俺はどちらかと言えば、少したれ目で瞳が大きいから、完全に違う。
「目の下に隈が出来てました。少しふっくらしていたような」
「ウェル、ジャパンのキツネとタヌキですね」
東代は指をパチンと鳴らして、ノートにキツネとタヌキを描く。東代画伯のタヌキはクマ、キツネはイヌに見えるが、たれ目とつり目の描き分けができているだけマシか。俺なんかが描いたら、福笑いの顔になっちまうからな。
「あれ? このコンビはどっかで見たような……。あっ、せやせや。去年、あたいを勧誘してきた改善組(かいぜんぐみ)やん!」
「改善組?」
何か暴力団のグループ名みたいだな。
「2年、今は3年生か。とにかくアホみたいにデカい番長がおって、その子分にキツネ男とタヌキ女がおるやん。そいつらが津灯ちゃんをさらったやん」
「何でさらったんだろ」
「きっと、新しい子分にするためやん。去年のあたいも子分にされかけて、死にもの狂いで逃げてきたもん」
「どんな活動をしているグループでしょうか?」
「いじめっ子をこらしめたり、授業中にスマホいじってた奴をボコって先生に自首するよう仕向けたり、暴力的やけどええグループやん」
「なら、ノンプロブレムでは?」
「東代君。日本の高校野球は、暴力行為が発覚すると活動停止になるから、問題大アリなんだよ」
「早く助けに行かんと。あんな奴らの仲間になったら、野球部復活はムリやん」
千井田さんは再びチーター化して走り始める。俺と東代は彼女の後ろをついて行く。早く彼女を助けに行こう。
ちょっと待てよ。もし津灯が改善組に入れば、俺が野球部に入らなくてもいいのか。いや、助けに行かないと、千井田さんや東代に色々言われるから、これでいいのか。問題は、どうやって、津灯を助けつつ、助け出せなかった風に見せかけたらいいか。
ああ、普通に野球部勧誘してる方が楽だったぜ。
***
改善組と津灯は、海岸沿いの公園でたむろしていた。東屋の下で、相撲力士みたいに長身で腹が出た男と、ガリガリキツネ男と、ポッチャリタヌキ女の3人が、津灯を取り囲んでいる。
「ちょっと、あんたら! あたいらの津灯ちゃん、返せ!」
千井田さんは荒い息づかいで叫ぶ。ここまでチーター化して飛ばしてきたから、バテバテである。公園近くになると、俺達の早足より遅かったからな。
「何やネコちゃんか。ネコちゃんにはマタタビあげるね」
タヌキ女がマタタビを放り投げる。
「そんなものにあたいが釣られるとでも、うっ、ふにゃあん」
まさに即落ち2コマだ。千井田さんはマタタビに顔をうずめて、赤ちゃんみたいな笑顔を見せる。
「それ、実は、うちの親父のくつ下なんやけど、そんないい臭いなんかなぁ」
「くっ、くつ下? く、く、くさぁ!」
マタタビが黄ばんだくつ下に変わり、千井田さんは白目を向いて気絶する。さすがはタヌキの化け術だ。
「お前ら2人はワシが相手や」
「サイエンスを極めた私が、ジャパニーズフォックスのイリュージョンに負けません」
東代はモノクルを光らせて、キツネ男と対峙する。
「あんた、IQ高そうやな。じゃ、ワシの幻術見せるんは、違う奴にするか」
キツネが葉っぱをまき散らす。目くらましかと思いきや、地響きが起こる。
「ワンワンワンワン!」
公園のあちらこちらから、犬たちが駆けてくる。犬軍団は東代に群がり、押し倒して、体中をペロペロなめ始める。
「ハハハ。あんたが骨つき肉に見えるよ、犬に幻術かけたんや」
東代は犬に埋もれて戦闘不能、これで残るは俺1人だ。
「さぁ、あんたを倒してシメとするか」
「なぁ、キツネさん。俺と手を組んで、あの先輩が津灯に勝てるようしてくれないか?」
「へっ? あんた、ワシと戦わへんの? せっかく、虎威狐爪(こいこそう)や狐火乱舞(こびらんぶ)を練習してきたのに」
キツネは眉をひそめて、人間の顔に戻っていく。その顔は、昨日、野球場の近くにいたカップルの男の方だった。
「おそらく、津灯のことだから、あの先輩と野球部入部を賭けた勝負をするだろう。その時にジャマしてほしいんだ」
「ハハハ。味方を裏切るなんて、あんた、ワシ以上にキツネやな」
俺とキツネはどす黒い握手を交わす。
***
東屋のテーブルで、改善組のボスと津灯が向かい合う。殺ばつとしたものを想像していたが、意外にも2人はにこやかである。
「つまり、野球部にパワーある奴がほしいってことか」
「そう。番馬(ばんば)さんなら、甲子園でもホームラン打てるよ」
番馬は腕を組んで考え込む。彼の顔の輪かくは食パンのようで、中のパーツは歴史の教科書に出てくる武将、武田信玄に似ている。コワモテの彼を前にしても、津灯は明るい表情を保っている。
「弱き野球部を救うのもアリか……」
「ありがとう! じゃあ、入部用紙にサインを……」
津灯がカバンからA4用紙を取り出そうとする。このままだと、番馬が野球部に加入してしまう。早く何とかしないと……。ここで、キツネが妖術で入部用紙を真っ黒な財布に変えた。
「あっ、あれ?」
「ああ! この女、番馬さんの財布盗ってるやんけぇ!」
「ちっ、違う、あたしはやってません!」
番馬と津灯が目を合わせている間、キツネは目にも止まらぬ速さで、番馬本人のカバンから財布を盗っていた。ルパン三世さながらの早業だ。
「盗んだかどうかはカバンの中を見たらわかるか」
番馬はカバンの中を確かめる。財布が無いことが分かると、彼は仁王立ちして、拳を固めてわなわなと震え始めた。彼の顔が見る見る内に真っ赤になる。
「人の物を盗むなんて許せん! 成敗してくれる!」
番馬の制服が裂け、神社の大木ばりに太い腕が現れる。体全体が赤くなり、頭から2本の角が生えて、赤鬼に似た姿へ変わる。
赤鬼はテーブルを瓦割りの要領で真っ二つに割り、津灯をにらみつける。珍しく、津灯の顔が青ざめている。
「番馬さん! そこまでやらんでも!」
「黙れ!」
番馬は止めに入ったキツネをラリアットで倒した。こいつ怖すぎる、ヤバイ!
「罪人は女子どもでも容赦せぇへんでぇ……」
赤鬼は高速パンチを繰り返して、不気味な笑みを浮かべる。
「津灯! 逃げよう!」
「で、でも、誤解を解かないと……」
「そんなこと言ってる場合か!」
俺は津灯の手を引っ張って、一緒に逃げた。あんな怪力の赤鬼に殴られたら、病院送りになってしまうだろう。俺は野球部の復活を阻止したいだけで、彼女に傷ついてほしいワケじゃない。
俺達は公園の出口までたどり着く。彼女は息を切らして、左右どっちへ逃げようか迷っている。
「悪い子はおらんかぁ!」
後ろを向けば、もう数メートル後ろに赤鬼がいた。デブなのに意外と足速いぞ。赤鬼の拳が振り下ろされようとする。彼女の前に立って、守らないと!
「水宮君、どいて!」
彼女に言われるがまま、脇によけてしまった。臆病な自分に負けてしまった、何てサイテーな人間だ……。
「成敗ッ!!」
俺は目をつむって音だけを聞く。
無音。静寂。閑静。
目を開けば、赤鬼が股間を押さえてあおむけに倒れていた。えええ、一体、何が起こったんだ?
「大丈夫ですか、番馬さん!」
「番長、伸びてもうたぁ」
キツネとタヌキが赤鬼に駆け寄る。番馬さんはプロレスラー体型の鬼から、おデブな人間に戻ってしまう。またもや津灯の勝ち……?
「男の勲章に硬球ぶつけるなんて、めっちゃ申し訳ないことしたわ」
彼女はゆっくりと立ち上がる。赤鬼の足の近くには硬球が転がっている。
至近距離でボールを投げて相手を気絶させるとは、この子怖い……。もう地上最強キャラではないだろうか?
「すまん、津灯! 俺のせいで、こんなことになって」
俺は正直に謝ることにした。彼女は小首をかしげてキョトンとしている。
「実は、番馬さんが野球部に入らないよう、キツネをけしかけたのは俺なんだ。本当にごめん」
自分勝手な理由で、女子を危険な目にあわせたなんて、俺は最低な男だ。土下座をして必死に謝る。
「そやったん。でも、そのおかげで、番馬さんの破壊力がわかって、あたしとしては良かったよ」
彼女は天使の微笑みを見せる。その笑顔がまぶしくて、俺は直視できない。
「おい、小僧。その話はホンマか?」
背後から番馬さんの声が聞こえる。もう俺は逃げも隠れもしない。
「はい。津灯は番馬さんの財布を盗んでません」
「ウソやウソや! 仲間かばうために、ウソついとんのや」
キツネは唾を飛ばして、俺達を指差す。番馬は俺とキツネの顔を交互に見る。
「さっきテーブル上にあった財布は、入部用紙に戻ってるはずだ!」
キツネの顔が青ざめて、人間の顔に戻る。番馬さんは急いで東屋に戻り始める。俺達も彼の後へ続く。逃げようとしたキツネ男は、タヌキ女に襟首を捕まえられている。
俺の予想通り、割れたテーブル上に入部用紙があった。
「悪人が身近におったとはなぁ、白山(しらやま)」
白山と呼ばれた男はタヌキに羽交い絞めされて、全身が震えている。
「喝!」
バチィ!
番馬のビンタが白山に炸裂。たちまちにして、白山の左頬は、おたふく風邪にかかったように腫れあがった。
「津灯さんよ、すまんかったな。野球部入るわ」
「ありがとうございまーす! でも、野球部入ったら、暴力行為はやめて下さいね」
「ムム。だが、入部前ならええやろ?」
番馬が俺の顔をうかがう。えっ、まっ、まさか……。
「素直に告白したとは言え、女子を罠にかけた罪は重いで」
「あっ、ゆ、許して下さい。土下座でも、坊主でも、何でもするんで!」
俺は再び土下座しようとしたが、何故か全く体が動かない。タヌキ女がクスクス笑っている。彼女の妖術で石像のように固められていたのだ!
「喝!」
バチィン!
目の前が真っ暗に……。虫歯や口内炎が快感に思えるほどの激痛が襲う。左頬がハリセンボンのように膨れてきた……。
「ハァー、えらい目におうたやん」
「ジャパンのイリュージョンは奥が深いですねぇ。ホワット?」
妖術から解放された2人は俺を見るなり、大爆笑した。
「アハハハハハ! アン○ンマンやん!」
「ハハハ、ソ、ソーリィ」
新たな野球部員を増やしてしまったばかりでなく、ビンタされて笑い者になるとは、俺はマジで何やってんだろ……。
(水宮入部まであと4人)
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