タカショーの雑多な部屋

たかすぎしょうの趣味に生きる部屋

T・F(トラディショナル・ファンタジー)第1話 アイ・オブ・ザ・タイガー

 

 

 無我夢中で駈けて行く中に、何時(いつ)しか途は山林に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地を攫(つか)んで走っていた。何か身中に力が充満ちたような感じで、軽々と岩石を跳び越えて行った。気が付くと、手先や肱(ひじ)のあたりに毛を生じているらしい。少し明るくなってから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となっていた。

中島敦山月記より

 

 

「はい、今日はここまでー」

 

 現代文の授業が終わり、長い長い1週間が終わった。明日は土曜日、ゲームをしまくるか、本を読みまくるか、色々と楽しみが思い浮かぶ。

 

「『山月記』は漢字多くて眠くなるわ~」

「わかる。現代文だから、現代語に直せよな」

「マジで赤点取りたくないよー」

 

 ほとんど寝ていたクセに。きっと、奴らは試験前に、図々しく僕のノートを借りに来るだろう。そん時は、先生が口頭で伝えたことが書かれてないサブノートを貸すんだけどね。

 

「白根(しらね)君」

 

 学年一の美少女とうたわれる町井(まちい)さんが声をかけてきた。町井さんは小さい茶封筒を持って、透き通った瞳を僕に向けている。

 ああ、今朝のラブレターの返事か? 僕の知識をフル回転させて、町井さんを骨の髄まで賛美した書いた恋文。どんな感想ですか? 付き合ってもいいですか?

 

「この手紙、気持ち悪いから燃やすね」

 

 彼女はカバンからマッチを取り出すと、さっと擦って火をつけ、封筒ごと燃やした。あまりの手際の良さに、俺はあっけに取られて何も言えなかった。

 

黒歴史が残らずにすんで良かったね」

 

 彼女は悪意のない笑顔を見せて、女子友の方へ向かった。僕の机の上には灰となった手紙の残骸が残っていた。

 無様すぎる失恋。

 恋の終わり。

 絶望。

 僕の未来は黒塗りの教科書となった。

 

※※※

 

 まっすぐ家に帰ることなく、死に場所を探していた。

 町井さんが他の人に変なラブレターを書いた男として僕を名指しし、クラスメイトから冷ややかな目で見られる未来に耐えられない。退学はもちろん、不登校も親が許さないし、ならばいっそ死んだ方が。

 最初、電車に飛び込んでしまおうかと考えたが、通勤・通学の人に迷惑かかるから、やめといた。

 次に、車にひかれて死ぬ。でも、ひいた人のトラウマになったらかわいそうだから、これもやめだ。

 シンプルに首つり自殺か。工具の店で長いタイガーロープを買って、死に場所を探す。どうせなら、いわくつきの場所がいい。僕が1人死んだところで問題ないような。

 

「あっ、ここか」

 

 先月1人が亡くなった曽森(そうもり)公園。ここなら問題なさそうだ。

 まぁ、他殺に見せかけた自殺で、両親に保険金が支払われるのがベストだけど、今の僕に江戸川〇ナンもビックリなトリックは作れないし。あれ、僕の保険て、自殺でもおりるんだっけか? どうでもいいや。

 

「どの木がいいか? ん?」

 

 公園のブランコの前で、全身黒いコーデの女性と上半身裸の男性が立っていた。男性は女性の前でひざまづいて、舌を出している。

 

「さぁ、早く早くぅ!」

「んもう。待てでしょ、待て」

 

 彼女が何か唱えると、男性がたちまち全身毛むくじゃらになり、鼻が前に伸びて黒くなった。尖った大きな耳、裂けた大きな口、満月のように光る大きな目、間違いない狼男だ!

 

「ひゃっ!」

 

 思わず声を出しちまった。狼男はウサイン・ボルト以上の俊足で駆けてきて、僕の首根っこをつかむ。

 

「さて、どうすっかなぁ」

「ひいい! 何も知りません、見てません!」

 

 狼男に食べられるなんて、同じ死ぬにしても、そんな末路は嫌だ! 苦しんで死にたくないよ、ママァ!

 

「待って、桃ちゃん。その子の臭い、ちゃんと嗅いだ?」

「あっ、そうだった」

 

 狼男が僕の首筋を嗅いでくる。うわっ、鼻息荒いし、動物園臭いし、キモッ!

 

「おお、こいつじゃねぇかぁ」

「お手柄よ、おろしてあげて」

 

 尻もちついて自由の身になる。できればすぐに逃げたいが、体が石化したように動かない。

 

「大きく口を開けて、アーンして」

 

 女性に言われるがままに、僕は医者に口を見せるかのように開けてしまう。その口の中に、白と黒のシマシマ模様の飴が入った。

 

「うっ……」

 

 飴が体内に入ると、急に全身が熱くなって意識が薄れていく。僕は何をされたんだ? 死ぬのか? 魔性の笑みとベロ出し人狼が溶けていき、夢のない真っ暗闇へ――。

 

※※※

 

「こんばんは」

 

 さっきの黒い女性だ。よく見れば、清楚な人気女優の顔をしている。

 

「ここはどこですか?」

 

 僕はマッサージチェアみたいな椅子に座っているらしい。周りは古びた本だらけで、図書館の臭いがする。

 

「私の家よ。調子はどう?」

「調子はどうって、別に、ん?」

 

 ふと自分の手を見ると、猫の肉球のようなものが付いている。何だこれは?

 顔を触ってみると、ふかふかの毛の感触。

 腹部は6つに分かれて、鋼のように硬くなっている。

 

「はい、鏡」

 

 彼女の手鏡には、眼鏡をかけた虎が映っていた。

 

「ぬぁんじゃこりゃあ!!」

 

 人生最悪の失恋をした僕は、筋肉隆々の虎獣人になってしまったのだ!!!

 

(続く)