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ゲームセットは聞こえない~超能力野球奇譚~ 1回裏 野球アンチと宇宙人とゲーマー 13球目 ユニフォームが似合わない

前回のお話し↓

ゲームセットは聞こえない~超能力野球奇譚~ 1回裏 野球アンチと宇宙人とゲーマー 12球目 エースは2人もいらない - タカショーの雑多な部屋

 

 

<前回までのあらすじ>

 浜甲学園の野球部が復活し、練習試合の相手も決まった。チーター娘や烏天狗、宇宙人などの個性豊かな12人のメンバーが試合に向けて練習している。

 

<主な登場人物>

水宮塁(みずみや・るい) 1年。中学野球では神奈川県有数の好投手だった。

津灯麻里(つとう・まり) 1年。スポーツ万能の少女。遊撃手(ショート)を守る。

千井田純子(ちいだ・じゅんこ) 2年。チーターに変身する俊足の少女。

東代郁人(とうだい・いくと) 1年。IQ156の天才。アメリカでは捕手(キャッチャー)を守っていた。

山科時久(やましな・ときひさ) 3年。バスケ部のスター選手で、中学時代は強肩強打の中堅手(センター)だった。

番馬長兵衛(ばんば・ちょうべえ) 3年。元・改善組の番長。怒ると腕がムキムキの赤鬼と化す。ケンカは負け知らず。

デヴィッド真池(まいけ) 2年。ロックンローラー

取塚礼央(とりつか・れお) 2年。高校野球に未練のある幽霊に憑かれたかわいそうな人。

烏丸天飛(からすま・てんと) 1年。烏の口ばしがついた少年。妖怪退治のスペシャリスト。

本賀好子(ほんが・すうこ) 1年。津灯の親友。速読ができる。

火星円周(ひぼし・えんしゅう) 1年。動作がおかしい。実はオラゴン星人。

宅部カオル(やかべ・かおる) 2年。中学時代はバッティング・ピッチャーだった。今はプロ顔負けのゲーマー。

柳生妃良理(やぎゅう・きらり) 理事長の娘で、家庭科教諭。野球部廃部を目論みながら、野球部の監督に就任した。

 

<本編>

 最近のデヴィッド真池はいら立っていた。高校野球でスター性を発揮しようとしたら、打てば死んだ当たり、守ればトンネル、走れば足がもつれるという失態を犯してばかりだ。

 

 このままでは、ファーストのレギュラーも危うい。何か一つ、誰にも負けない特技がないと。彼は近くの書店で野球本を買って研究を重ねる。

 

 本をパラパラ流し読みしていくと、彼の目に留まるものがあった。

 

 それは、左打者のバントの写真だ。黒いグリップを右手で握り、バットの中心部を左手で抱えるバントが、彼の目にギターを弾く動作に見えた。

 

「バント、バント、バンド。これだ! オレはバントマンになる!」

 

 彼はロックンロールな部屋の中でバントの構えをして、左手の指をギターの弦を押さえているかのごとく、小刻みに動かす。今まで野球のリズムについてこられなかった彼が、ついにベースボール・ミュージックのビートを刻み始める。

 

※※※

 

 翌日、津灯キャプテンがバント練習を指示する。

 

「バットはこう持ってね。そうそう。バットの先っぽでボールをちょこんと当てるだけ。当てる時はボールの勢いを殺してあげてね。じゃないと、送るランナーの方が死んじゃうから」

 

 真池は早くバントがしたくてうずうずしていた。ハードロックなボールをギターのバントによって、スローバラードに変える。皆が彼のバラード・バントに酔いしれるところを想像する。

 

 野球未経験者は、バントするのが難しい。手にボールが当たるのを恐れて、腰が引けてしまう。また、当てる位置がズレてフライになる部員もいた。

 

「次は真池さん」

 

 誰も彼に期待しておらず、素振りや筋トレにいそしんでいる。彼が右打者から左打者になったことにも気づかない。彼は無観客に慣れているので、一向に気にしない。生きたボールを殺すだけだ。

 

 彼のバットはピッチャー太郎01のボールをとらえる。左手のチューニングでボールを三塁方向のファウルラインギリギリに転がす。ボールはホームと三塁のちょうど真ん中でピタリと止まる。

 

「オー! グッドバント! ワンモア、プリーズ!」

「OK、東代君。デヴィッドのバント・テクニックを見ててくれよな」

 

 真池は自作の「バントマン」を口ずさみながら、どんなボールでも転がしてみせる。次第に他の部員が彼のバント技術の高さに気づき、驚きの声を上げる。

 

「すっ、すごい。打球が死んでる」

「バンドマン、いやバントマン!」

「左手の指が動いてるの気になるけど、ナイバン、ナイバン!」

 

 真池の耳に歓声が聴こえる。自己犠牲のバントは、死の衝動を歌うロックンローラーにふさわしい。彼は目を閉じて、バットをギターに見立てて、体を激しく動かして歌う。

 

 調子に乗った罰か、ボールが彼の腹にドボォと命中した。

 

※※※

 

 甲山(かぶとやま)の中腹に位置する大門寺(だいもんじ)の廊下では、キツネ顔の男とタヌキ顔の女が雑巾がけをしている。木曜の夜はバラエティ番組がたくさんあるが、煩悩を断ち切った彼らはTVを見る選択肢がない。

 

「だいぶ邪気が取れて来たなぁ」

 

 烏丸天飛は口ばしの下をなでながら、満足げな表情を見せる。隣の鼻が長い烏丸天央(てんおう)は、長い黒ひげをさわりながら、しわの山脈が刻まれた厳しい表情を見せる。

 

「天飛よ。本当にお前は野球を始めるんやな?」

「しつこいなぁ。俺っちは一度決めたことを曲げないの、親父はわかっとるやろ? 野球選手の中に、妖怪の力を悪用しとる奴がいると思うし、何より、あの津灯ちゃんステキ……」

 

 彼は愛しの津灯の写真(隠し撮り)を見つめて、頬を染める。天央は恋の病にかかった息子を見て、ロウソクの火を吹き消すほどのため息をつく。

 

「いいか、天飛。お前は浜甲を卒業したら、全国各地の悪霊・妖怪退治の修行に出るんや。野球に熱中して、本分を忘れたらアカンぞ」

 

 大門寺の歴代住職は、悪霊・悪い妖怪を退治してきた。天央で32代目である。この伝統は守らなければならない。

 

「わかっとるよ。このアッパースイングで悪い奴らを飛ばしたるから」

 

 彼はアヤカシ封じの杖を野球のバットのように握り、下から上へ振り上げる。

 

「コラッ! 杖をそんな風に使うんじゃあない!」

 

 天央が庭の小石を天飛に浴びせる。天飛は杖を振って、天狗の石つぶてを次々と打ち返す。不幸にも、新弟子コンビの頭に小石が当たり、雑巾に顔をうずめて気絶する。

 

「ほらほら。野球が役立っとるやろ、親父?」

 

 天飛は杖を後ろ手に持って不敵に笑う。天央は歯ぎしりして鼻先を真っ赤にする。

 

「むうう。やはり、ここまでお前を強化する野球は、かなり優れた球技のようや。して、その津灯という女性は、お前の嫁に出来そうなんか?」

「任しといて。俺っちと津灯ちゃんで、烏丸家史上最強の赤ちゃん作るから」

 

 天飛の頭の中には、プロポーズのホームラン、野球場の結婚式、津灯麻里の顔に口ばしがついた赤ちゃんが、次々と浮かんでいた。彼はよだれをぬぐって、杖のアッパースイングを始める。

 

※※※

 

 火星円周は、家具の皆無の白い部屋に入ると、たちまちにして銀色の本来の姿に戻った。彼は水筒型の通信機を取り出して、メッセージを送信する。

 

「野球疲労大。地球人体力豊富」

 

 ここ300年のオラゴン星人は、電子頭脳に依存し過ぎたため、地球人より筋力が低下している。地球人と素手で戦えば、猫にひねりつぶされるネズミのように敗北するだろう。

 

 火星は3年間の調査で、筋力をつけて、オラゴン星人の肉体改造運動のリーダーシップを取る予定だ。体を動かす楽しみの感情が、月曜から金曜までの野球づくしで、彼の全身に行き渡っている。

 

「野球熱中注意。任務忘却阻止」

 

 上司からのメッセージは、野球に熱中し過ぎて本来の任務を忘れるなという警告だ。火星はすぐに返信する。

 

「了解。我星人保養地。可否調査続行」

 

 今のところ、地球は物がごちゃごちゃあったり、暴力で解決する人間が多かったりする点を除けば、彼にとって住みやすい土地である。正体を知った3名も自分のことを受け入れてくれた。共存は可能である。

 

 火星はオラゴン星で野球が広まるかどうか、床に寝転がって考えてみる。オラゴン星人はミニマリストで、1つの機器に多くの機能をつけて、物量を少なくする。そんな彼らが、1試合に多くのボールを消費する野球を好むわけがない。

 

 野球ボールを耐久性に優れたものに改造してもいいが、自然なボールの軌道の変化が消滅し、味気ないものになる恐れがある。

 

「重力差異。文化差異。困難。実戦推奨」

 

 野球の楽しさを知ってもらうには、実際にやってもらうのがてっとり早い。他の調査員に出会う機会があれば、野球を薦める方針に決めた。

 

 ちなみに、日本国内のオラゴン星人の名字は、共通して「星」がついているそうだ。

 

※※※

 

 ついに、初の練習試合が明日に迫った。俺達は練習前に、家庭科室に集められてミーティングだ。

 

 トイレに時間がかかった俺は、家庭科室の到着が開始5分前になってしまう。

 

「お疲れ様でーす」

 

 家庭科室は5つのグループに分かれていた。

 

 津灯・千井田・本賀の女子三人組は、猫の可愛い動画を見ている。千井田さんはあたいの方が可愛いと口をとがらせている。

 

 番馬さんと火星は腕相撲をしている。火星はすぐに負けるが、何度も再挑戦する。番馬さんは口角を上げていて、まんざらでもないようだ。

 

 真池さんと山科さんはイヤホンを共有して、ロックバンドの動画を見ている。真池さんはドラムを叩く真似、山科さんは首をふんふん振っている。

 

 烏丸さんと取塚さんは人生ゲームをしている。烏丸さんは家族が8人で鼻の下を伸ばし、取塚さんは借金だらけで頭を抱えている。

 

 東代と宅部さんは小型ゲーム機で野球ゲームの対戦だ。0対0の投手戦で、面白そうだ。

 

 俺はどのグループにも入れなかった。一番後ろの席でカメレオンのごとく壁と同化する。わずか5分が長く感じられた。

 

「皆さん、お待たせー。今日はスタメンとアレを発表します」

 

 グル監がエプロン姿のまま現れる。主婦の雰囲気がしっくり合っていて、国民的人気アニメの主役を張れそうだ。

 

「アレって何ですか、先生?」と、津灯が挙手する。

 

「ウフフ。野球部と言えば、これが必要でしょう?」

 

 彼女がエプロンを取って、Yシャツを脱げば、野球のユニフォームが出てくる。白い縦じま模様の入った水色のユニフォームで、胸に達筆の青い浜甲の文字が刻まれる。肩口は青く、全体として爽やかな海のイメージだ。

 

 

「浜甲らしいカラーリングになったでしょ?」

 

「めっちゃええデザインやん。グル監、ありがとう」

「何か燃えてきたでぇ!」

 

 皆の熱気が教室内にこもる。俺も半年ぶりにつけるユニフォームに心躍っている。

 

「次は明日の試合のスタメン発表やね」

 

 グル監はどんなオーダーを考えてきたのか。不安と期待が半分ずつである。

 

「1番ショート津灯!」

 

 津灯は「はい!」と、満面の笑みで答える。俊足の千井田さんじゃなくて、津灯が先頭打者か。1番打ちそうな彼女を先頭に持っていく戦法ね。

 

「2番ファーストデヴィッド!」

 

 真池さんは「イエス、ボス!」と、軍人のように立って敬礼する。バントマンが2番は合っている。

 

「3番センター山科!」

 

 山科さんは「ラジャー」と、親指を上げて魅惑のウインクをする。ミート力(バットにボールを当てる上手さ)とパワーがある先輩なら、妥当な打順だ。

 

「4番ピッチャー水宮!」

 

 俺は「はい!」と、授業以上に元気よく返事をする。小6の時以来だな、4番ピッチャーて。

 

「5番サード番馬!」

 

 番馬さんは「おうよ」と、拳を突き出す。

 

「6番ライト火星!」

 

 火星は「了解」と、眉一つ動かさずに答える。

 

「7番セカンド宅部!」

 

 宅部さんは「はーい」と、小さくつぶやく。唇をタコにして、少し不満そうだ。もっと上で打たせても良かったんじゃないか。

 

「8番レフト烏丸!」

 

 烏丸さんは「ガァ!」と叫んで、翼をバタバタさせる。

 

「9番キャッチャー東代!」

 

 東代は「OK」と言って、モノクルをかけ直す。

 

「千井田さんは代走、本賀さんは代打、取塚君はピッチャーの準備をしておいてね。以上でスタメン発表終わり!」

 

 皆の威勢の良い返事が教室内に響く。グル監がいいオーダーを組んでくれたからには、それに応えないとね。

 

※※※

 

 校長室で、校長と教頭が、野球部の柳生監督と顔を合わせている。

 

「柳生先生、野球部の子と仲良くなってとるようですが、本来の目的を忘れておりまへんよね?」

「野球部のユニフォームまで作って、どないなっとんねん!」

 

 校長が拳で机を叩く。柳生監督は動じることなく、冷ややかな笑みを浮かべる。

 

「私が監督になって即野球部解散の話が出たら、私が校長先生の差し金とバレてしまうやないですか? ある程度仲良くなってから、話を切り出そうと思っています」

「むうう。そんならええけど……」

「ウフフ。明日の練習試合で、野球がそんなに甘くないことを教えてあげますから。これも教育ですわ」

 

 柳生監督は髪をかき上げて、余裕の笑みを浮かべる。教頭は額をハンカチで拭いて、夢国学苑のデータを書類で確認した。

 

「対戦相手の夢国学苑は、去年秋の千葉県大会ベスト16で、そない強い学校に思えませんが……」

「あの野球馬鹿のお気に入りの子が集まっているから、そんな前の数字は当てになりませんよ」

 

 柳生監督は顔をしかめる。対戦相手の監督とは浅からぬ因縁があるようだった。

 

(1回裏終わり)